大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)167号 判決

神奈川県茅ケ崎市白浜町一-三-二七

原告

早房長信

右訴訟代理人弁護士

朝倉正幸

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 吉田文毅

右指定代理人

海老澤良輔

田中久喬

後藤晴男

東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二七番五号

被告補助参加人

日本製粉株式会社

右代表者代表取締役

八尋敏行

東京都中央区日本橋小網町一九番一二号

被告補助参加人

日清製粉株式会社

右代表者代表取締役

佐伯孝

東京都千代田区内神田二丁目二番一号

被告補助参加人

昭和産業株式会社

右代表者代表取締役

高橋勇作

東京都中央区八丁堀四丁目一一番二号

被告補助参加人

日東製粉株式会社

右代表者代表取締役

泉一雄

右被告補助参加人四名訴訟代理人弁護士

中村稔

大場正成

熊倉禎男

丹羽一彦

鈴木修

弁理士

小川信夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が、同庁昭和五一年審判第三九一三号事件について昭和五八年六月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年五月一日、名称を「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許願第四二六二八号)が、昭和五一年一月三一日に拒絶査定を受けたので、同年四月三〇日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同庁同年審判第三九一三号事件として審理し、昭和五五年一二月二日に本願につき出願公告をした(同年特許出願公告第四七八六八号)が、日本製粉株式会社から特許異議の申立があり、昭和五八年六月一〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年八月一七日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする小麦粉練り製品製造における加水熟成方法。」

三  本件審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対し、本願出願前英国において頒布された刊行物(一九七一年(昭和四六年)八月一一日発行)である英国特許第一二四二〇三七号明細書(以下、「引用例」という。)には、「ドウ(dough)製造のための方法及び装置」との題で次の記載があることが認められる。

(イ) ベーカリ製品及びパスタ用のすばらしい品質のドウを連続的な方法により・・・(中略)・・・二〇秒もしくはそれ以下の短時間の滞留時間のうちに調整することができることを今や新たに見出した(/頁八七行ないし2頁二行)、

(ロ) ・・・・この発明の大層驚くべき結果はかくのとおりである、

(a) 小麦粉のポリペプチド成分(グルテン)は完ペキによくこねられ、そしてドウのエラストマーの性質が極端に短時間、一般には一分を越えず、しかも典型的には合計五ないし一五秒間において発現する(4頁二一行ないし二八行)、

(ハ) 主として穀物粉及び水からなる粉状及び液状の原料からベーカリー製品及びパスタ用のドウを製造するための次の組合せからなる装置、

(A) 長い管状の円筒、円筒と同軸であつて円筒中で回転できる軸、円筒の入口端部ヘドウ形成用原料を供給するための輪送手段、円筒の排出端部の排出口及び前記軸によつて支持された多数の羽根であつて、その羽根で円筒の入口端部に供給される原料が集められ混合されその結果できた混合物が該入口端部から該排出口へ運ばれるように配列されたものによつて構成されている連続回転式ミキサー、

(B) 前記のシヤフトと連結された羽根の先端に少くとも一〇Gの放射方向の加速度をもたすことができる速度でシヤフトを回転させることができる手段、

(C) 粉状及び液状の原料のための分離した輸送管からなり、円筒の入口端部内において大気中にその原料をまき散らすことができる手段と組み合された前記輸送手段、

(D) 前記輸送管と組み合されており、前記粉状及び液状の原料を、それぞれの輸送管に、円筒の中で形成されるドウが円筒の中で羽根によつて畝立てられて管状のライナーを形成するようなドウ形成供給割合で供給することができる計量手段(6頁九八行ないし7頁三行)。

(ニ) 図示の装置において、粉状及び液状原料用の輸送管は、ホツパー25及びノズル28によつて表されており、これらのものは、軸14上の最初の三連の羽根20A、20B、及び20Cの存在する範囲内で円筒の長手方向に前後にずらして配列されている。これらの三連の羽根が原料のまき散らし手段を形成している。更に詳細にいえば、第1図に見られるように羽根20Aがホツパー26の排出端に対向した位置で回転するので例えば軸14が毎分八〇〇回転の速度で回転すると、ホツパーによつて円筒に供給された小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分内に激しく分散される。同様にして、ノズル28を通して供給された水流は、羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによつて分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)はごく微細に分散した状態(atomized condition)で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向う推進作用を受ける。第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える(2頁一二七行ないし3頁二三行)。

(ホ) 本発明の典型的な装置はたとえば、軸14は三〇mmの一定の直径をもち、そして軸長九〇cmの軸上に螺旋状に整列した六〇連の羽根をもつ(3頁九五行ないし九九行)こと、及び羽根の整列状態は、図面なかでもその破断部分よりみると、次のとおりであることがみられる。羽根20A、20B、20Cの各羽根と並んで次いで五連の羽根が前記羽根20A、20B、20Cと約同一整列状態で軸中心から約直角ずつの角度をもつて、しかも各羽根が互いに固着された軸14により回転する際に隣りの羽根と同一空間を回転しないよう空間中にいくらかの間隙ができるようにかつ各羽根の面が軸14の軸方向に対して略一定の角度で斜めになるようにして軸14に固着されていること(第1図及び第2図)。

及び、

(ヘ) 円筒10内の原料及び生地の微粒子―(particles)が目的に反して軸の表面に付着する傾向を持つので・・・・比較的大きな直径をもつ軸を採用し、そして、該軸表面における半径方向加速度を最低五G好ましくは最低一〇Gになるよう駆動することが望ましい(3頁七一行ないし七九行)。

3  本願発明と引用例に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比してみるに、引用発明が小麦粉練り製品製造における加水熟成方法に関するものであることは、前記(イ)及び(ロ)の記載から明らかであるから、その点において両者は軌を一にするものである。

そこで、小麦粉に水を添付する方法について検討する。

前記(ハ)、(二)及び(ホ)の記載によれば、引用発明においては、粉状原料のホツパー26及び液状原料用ノズル28は、円筒中で回転できる軸14上の最初の三連の羽根20A、20B、20Cの存在する部位において円筒の長手方向に前後にずらして配列されており、これらの三連の羽根は原料のまき散らし手段を形成しているうえ、羽根20Aがホツパーの排出端に対向した位置で回転し、軸14が毎分八〇〇回転の速度で回転するから、ホツパーによつて円筒に供給された小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分内に激しく分散され、同様にして、ノズル28を通して供給された水流は羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによつて分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)は、遠心作用及び円筒の排出端に向う推進作用を受けるとともに、ごく微細に分散した状態(atomized condition)において互いに接触し合うものであり、更に、第三の羽根20Cは先行する羽根20Bとともに水を分散させ、その結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える点で協同するものである。このatomized conditionとは、元来原子になるように分散した状態を指す語で、液状物については微細な霧状になつた状態を指す語であるから、小麦粉及び水が極めて微細な状態にあることとなる。このことからすれば、引用発明においては、当初から水分を微粒子状にして、小麦粉の各粒子に均等に直接添付していることになる。

一方、本願発明における小麦粉と水とを直接接触させる方法は、微粒子にして互いに接触結合させることであつて、他に限定的要件がないことは、特許請求の範囲の記載及び明細書中に「小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させて互に接触、結合させる方法」(本願公報2頁右欄三九行ないし四二行)と記載されていることから明らかである。

してみると、小麦粉に水を添付する方法についても、本願発明と引用発明とは同一のものであるといわなければならない。

この引用例の技術に関して、審判請求人(原告)は、まず、特許異議答弁書において引用例における小麦粉と水分との接触状態は、粉や水が円筒内に入つたとたんに、軸に向つて落下するいとまもなく、羽根によつて羽根の先端がえがく円の接線方向へはじき飛ばされること及び羽根の先端の先わずか一mm余りの場所には直径一二ないし二〇cmの強くわん曲した円筒の内面があることから、小麦粉や水が、他の粒子と独立した、「分散された」粒子状で存在する余地などは、どこにも見当らない旨(特許異議答弁書、五三頁三行ないし五四頁六行)を主張した。

更に、特許異議答弁書(第二)において、引用例の記載は、事実に反する不正確な説明であるとして、投入された粉体が羽根の前方または後方の空間に散開する状態はたとえ一瞬たりともならないこと(同書五一頁一行ないし五八頁一九行、特に五七頁一行ないし三行及び五八頁一一行ないし一九行)を述べ、これに基づいて小麦粉等の粉体と水分とが微粒子状で接触するようなことは到底起こりえない旨を主張している。

しかしながら、引用例に関し、前記(ヘ)の記載から明らかなように、引用例の装置においても、原料及びドウの粒子が、円筒内において軸を中心として回転している羽根の先端よりも軸に近い中心方向に入り込み、多数の羽根を配列している軸部分の表面付近にまで進入して軸に付着する傾向をもつこと、また、前紀(ホ)から明らかなように、羽根は、軸の軸方向に対して略一定の角度で斜めになるよう軸に固着されていること、同じく(ニ)から明らかなように、微粒子化された小麦粉及び水は遠心作用と円筒の排出端部に向う推進作用を受けていることから、円筒内の羽根と羽根との空間方向にも原料の微粒子が分散しうることは明白なので、羽根と円筒壁間の空間がわずかであることを理由として小麦粉と水とが微粒子状で接触することはない、ないしは、微粒子状で接触するとする引用例の記載は事実と反するとする審判請求人(原告)の主張は受け入れることができない。

4  以上のことからして、本願発明は、引用発明とは同一のものであるから、特許法二九条一項三号の規定に該当し、特許を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本願発明の要旨が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、引用例の記載事項の認定を誤つたため、引用例には「小麦粉と水とが空中接触する。」旨の記載がないにもかかわらずあると誤つて認定し(取消事由(1))、仮に、引用例に本件審決認定のとおりの記載があるとしても、引用発明の装置では小麦粉と水との空中接触は技術的に起こりえないから、右記載は、技術を開示したことにはならないにもかかわらず、引用発明の装置において小麦粉と水とが空中接触すると誤つて認定判断し(取消事由(2))たことにより、本願発明と引用発明との間に存する相違点を看過誤認し、ひいて本願発明の奏する引用発明にはない特段の効果を看過誤認し、その結果、本願発明は、引用発明とは同一のものであるから、特許法二九条一項三号の規定に該当し、特許を受けることができないとしたものであるから、違法なものとして取り消されなければならない。

1  本願発明の正しい理解

本願発明は、うどんなどの小麦粉練り製品の生地(ドウ)を作るための諸工程のなかの最初の工程である「小麦粉への加水」に際して、「もともと水分の移動が生じ難い性質を有する小麦粉に、まず加水むらをつくる加水を行い、その後で撹拌混合によつて水分の均一化をしようとして、よい結果を得ることができなかつた」従来の加水の方法を改めて、「加水」と「こね」とを同時に行う従来の生地の作り方から「小麦粉への加水」の工程のみを切り離し、「水分を小麦粉の各粒子に対して当初から直接に均等に添付する加水を行う方法」であつて、このような「小麦粉への加水」の方法によつて、従来、時間を費やしても不可能とされてきた「完全混合状態」を一瞬のうちに実現し、良質の生地を得ることを可能にしたものである。

構成について詳述すると、本願発明は、加水及びグルテンの網目構造化の両工程を分離し、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより、当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了する方法により加水を行うものである。即ち、加水むらを生じさせることなく、小麦粉と水分とを、両者の接触の当初から粒子単位で均等に結び付けてゆく方法によつて加水を行うものである。

2  取消事由(1)(引用例の記載事項の認定の誤り)

本件審決は、引用例に本件審決挙示の(イ)ないし(ヘ)の事項(以下、単に「(イ)ないし(ヘ)の記載」という。)が記載されていると認定しているが、右のうち、(ハ)、(ニ)、(ヘ)の各記載の重要な部分に認定の誤りがあり、本件審決は、右の誤つた認定を基に、引用発明の装置において、小麦粉と水とが円筒内の空中で接触すると認定しているので、本件審決の右認定は誤りである。

(一) 引用例の記載事項の認定の誤り

(1) (ハ)の記載について

本件審決は、(ハ)の記載(C)において、「大気中にその原料をまき散らすことができる」との記載があると認定している。この認定の意味を、「もしそこに円筒壁が無ければ周囲の大気中に原料をまき散らすことができる」との意味か、あるいは、「(羽根の周囲に円筒内壁があるので)原料を円筒内壁面にまき散らすことができる」との意味であるというのならば、物理の法則及び引用発明の装置において生ずる現象に合致するので、右のような認定も誤りであるとはいえない。川久保教授は、甲第七号証の「鑑定書」(以下、「川久保鑑定書」という。)において、右のような理解と同一の理解をしている(川久保鑑定書5、6頁(4)項参照)。

ところが本件審決は、前記記載の意味を、「(原料を)軸に近い中心方向」にまき散らすという意味に理解している。このことは、本件審決の、「引用発明の装置においても、原料及びドウの粒子が、円筒内において軸を中心として回転している羽根の先端よりも軸に近い中心方向に入り込み」との認定に端的に表れている。しかし、このような理解は誤りである。以下、その理由を述べる。なお、引用例2頁七八行の「the atmosphere」は、引用例を右のように理解すれば、「円筒内壁面沿いの薄い空間部分」を指しているものである。このような翻訳は、小学舘ランダムハウス英和大辞典のatmosphereの項に(天体を取り巻く)大気、ガス体およびガス状の被膜(媒体)の訳が付されていることからも可能であることが明らかである。

(ⅰ) 右理解は、この(C)の記載の前にある(ハ)の記載(B)の記載内容との間に、まず、大きな矛盾を生じる。右(B)の記載は次のような内容である。「(B) 前記のシヤフトと連結され、羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向の加速度をもたらすことができる速度でシヤフトを回転させることができる機関」。この「羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向の加速度をもたらす」との記載は「引用発明の装置では、羽根の先端に触れる小麦粉や水は、最初の一秒間に少なくとも四九mも移動させられるほどの勢いで、放射方向に立ちはだかる円筒内壁面に移動させられる」という意味である。このように明記されているにもかかわらず、しかも、「回転運動をする物体に作用する加速度の方向は放射方向である」との基本的な物理法則に矛盾するにもかかわらず、加速度が作用する方向を文字通り一八〇度も狂わせて「円筒の入口端部において大気中(=羽根の先端よりも軸に近い中心の方向)にその原料をまき散らす」などと理解することは許されない。

(ⅱ) 引用例の次の記載との間に同様の矛盾を生ずる。即ち、引用例3頁六六行ないし七〇行には、一Gをほんの少しだけ超える加速度を与えれば原料を円筒内壁面に遠心分離できると記載されている。また、同3頁八五行ないし八八行には「最適速度は、四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度をもたらすように羽根を回転させる」とあり、遠心分離を生じさせうる加速度の四〇倍から八〇倍もの加速度をもつて原料を円筒内壁面にたたきつける、と記載されている。

(ⅲ) 本件審決が認定するように「羽根の先端よりも軸に近い中心方向」の空間に原料をまき散らす現象が、引用発明の装置において生じることがないことは、原告による、投入する小麦粉の動態を直接に観察する実験(甲第四号証の「実験報告書(その一)」)(以下、「実験報告書(その一)」という。)によつて明らかにされている(「実験報告書(その一)」の写真(3)、(4)及び川久保鑑定書10頁二三行ないし二五行参照)。

(ⅳ) 回転羽根に生じる加速度によつて(=回転羽根の遠心作用によつて)原料を処理しようというとき、「羽根の先端よりも軸に近い中心方向」の空間に原料をまき散らす現象が生じることがないことは、手近にあるモノサシに小麦粉や水をのせてモノサシを回転運動させ、小麦粉や水の動態を観察すれば一目瞭然である(甲第五号証の「実験報告書(その二)」参照)。

(2) (ニ)の記載について

(ⅰ) 本件審決の(ニ)の記載の認定中、「三連の羽根が原料のまき散らし手段を形成している。」「小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分に激しく分散される。」「水流は(中略)羽根20Bによつて分散され」等の、本件審決の認定における「まき散らし」「分散される」「分散され」との表現が意味するところは、本件審決の、「円筒内の羽根と羽根との空間方向にも原料の微粒子が分散しうることは明白」との認定に明らかなように、小麦扮や水が「羽根の先端よりも軸に近い中心方向」の空間に「まき散らされ」たり「分散させられ」たりすることである。

しかし、引用例記載の条件のもとにおいては、引用発明の装置ではそのような現象が物理的に生じることはないので、右のような意味に認定することは誤りである。

(ⅱ) 次に、(ニ)の記載の認定中、「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向かう推進作用を受ける。」(引用例3頁一五行ないし一九行)との記載があると認定しているが、この認定は、文法的な誤りをおかしている。

まず、接続詞whileの役割と意味を全く無視している。引用例の原文には、「遠心作用と推進作用を受ける」間に(=while)「接触し合う」と記されており、接続詞whileが「遠心作用と推進作用を受ける」と「接触し合う」との関係を定める上で重要な役割を果たしている。それにもかかわらず、本件審決の認定では接続詞whileの役割が無視されている。また、at the same time ・・・・and ・・・・の語法を誤り、同時にatの直前に位置するbeingに導かれる分詞構文も無視している。引用例では、andの前後の「・・・・」部分には、それぞれcentrirugedとpropelledが配されており、atの直前のbeingを共に受けて、「遠心分離されることと推進されることとが同時に生じる」との意味を表している。ところが、本件審決は、同時に生じる事柄をすり替えて、「接触し合う」と同時に「遠心作用や推進作用が生じる」と誤つた認定をしている。本件審決は、更に、この「同時に」を拡大して解釈し、「同時」の中に段階を設け、「水を分散させ、その結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える」との認定に明らかなように、「接触が生じ」その上で「遠心分離や推進作用が生じる」と「接触が生じ」る時点の認定を誤る結果を導いている。(円筒内の全行程を通じて)「遠心作用と推進作用とが同時に生じる」「間に」「接触が生じる」と記されている引用例の記載との隔たりは大きい。川久保鑑定書も、原告の主張を裏付けている(同書6頁一八行ないし末行参照)。

また、本件審決は、「小麦粉と水との微粒子はこく微細に分散した状態で互いに接触し合う」との記載があると認定している。しかし、円筒内壁面に遠心分離された小麦粉の上に水が遠心分離されて、小麦粉と水とが接触を始める当初から、遠心分離された原科が円筒内壁面に沿つて出口端に向かつて進みながら撹拌混合されて接触を深めてゆくどの過程においても、引用例の装置においてはこの認定のような「ごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」現象は一切生じない。引用例の第1図に図示されていることからも明らかなように、小麦粉は円筒の入口端の円筒内壁面に、羽根20Aにょつて四〇Gから八〇Gという大きな加速度で遠心分離され内壁面に押しつけられている。そのような状態にある小麦粉の層に水がどのような形で加えられるとしても、「小麦粉と水が微粒子状で接触」などという現象は物埋的に生じえない。川久保鑑定書も、このことを裏付けている(同鑑定書6頁二行ないし7頁二一行参照)。なお、引用例3頁一七行の「atomized condition」は、引用例を右のように理解すれば、「吹き付けられてしまつた状態」と認定するのが妥当である。このような翻訳は、小学館ランダムハウス英和大辞典のatomizeの項に霧状にして吹き付けるとの訳が付されていることからも可能であることが明らかである。

(ⅲ) 更に、本件審決は、「第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」(引用例3頁二〇行ないし二三行)との記載があると認定している。

しかし、引用例の条件のもとにおいては、円筒内に供給される水も「放射方向への四〇Gないし八〇G」という大きな加速度を受けつつ、「放射方向」の円筒内壁面に激しい勢いでひろげられるようにして遠心分離され、そのまま「四〇Gないし八〇G」の「放射方向」への加速度を受け続けて円筒内壁面に押しつけられ続ける。したがつて、引用発明の装置内の空間に水が霧状に分散する現象や、その霧が羽根で遠心作用を受けたり推進作用を受けたりする現象は、引用発明の装置においては物理的に生じえない。円筒内の空間に水が分散されて「霧」が生じ、その「霧」が遠心作用と推進作用を受けるがごとくにいう認定は、引用例の記載に反し、物理の法則に矛盾する認定であつて誤りである。なお、引用例を右のように理解すれば、羽根20Aによつて遠心分離された小麦粉と羽根20B・20Cによつて遠心分離された水とが接触して生ずる最初の生成物mistは、霧ではなく、懸濁液であるから、引用例3頁二二、二三行の「the resulting mist」は、「生成された懸濁液」と認定するのが妥当である。

また、引用例の第1図に示されているように、引用発明の装置がかなりの厚さを持つ層状の粉体原料に加水をして「生地」を連続的に得るミキサーであること自体と次のように矛盾する。引用発明の装置は、多量の水分加水を要するパン用の生地やパスタ用の生地を連続的に作るためのミキサーである。例えば、引用例記載の実施例を見ると、最も加水率が少ないパスタ用の生地を作る実施例1と2の場合でも小麦粉重量の三六%の重量の水分を加えている。実施例3のパン用生地作りの場合が五〇%、実施例4のグリツシーニ用生地作りの場合が五五%、実施例5のベーカリー製品用生地作りの場合は一六〇%、実施例6と7のベーカリー製品用生地作りの場合が一四六%、実施例8のビスケツト用生地作りの場合が一一〇%の水分を小麦粉などの穀物粉に対して加えるのである。これほど多量の水分が円筒内の入口端部に「霧状で」存在し得るなどと本気で考える非科学的な当業技術者はいない。

(3) (ヘ)の記載について

本件審決は、(ヘ)の記載を認定するに当たり、引用例3頁七三行の「accidentally」を「目的に反して」と認定している。「accidentally」は「accidentによつて」であるから「目的に反して」との認定はおかしい。しかも、本件審決は「円筒内の羽根と羽根との空間方向にも原料の微粒子が分散しうることが明白」であると認定する理由として、「原料及びドウの粒子が、円筒内において軸を中心として回転している羽根の先端よりも軸に近い中心方向に入り込み、多数の羽根を配列している軸部分の表面付近にまで進入して軸に付着する傾向をもつこと」を挙げていることから、本件審決はこの「accidentally」の意味を、「accidentによつて」の意味とは正反対の、「accidentが生じなくても常に」の意味であると誤解をしていることがわかる。

また、本件審決は、引用例を記載内容とは正反対の意味に読み取る過ちをおかしている。引用例に「羽根20Aがホツパー26の出口端と対置して回転し(引用例3頁六、七行)」「ノズルに対置して回転する羽根20B(同3頁一三行ないし一五行)」と記載されているように、粉状原料を遠心分離する羽根20Aも液状原料を遠心分離する羽根20Bも、原料の供給口に対置する状態で回転している。これは、引用発明の装置の羽根20A、20Bが円筒内に供給される原料をミスすることなく捕捉する目的からである。また、引用例に「シヤフトの遠心分離速度は、羽根の先端での放射方向の四〇Gから八〇Gの加速度に対応して適切な値に保たれます(同2頁四四行ないし四八行)」と記載されているように、この羽根には、円筒内壁面方向への非常に大きな加速度が働いている。

したがつて、引用発明の装置においては、羽根の回転が極端に運くなり、加速度が一G以下になるなどの「accident」でも生じない限り「原料及びドウの粒子が、円筒内において軸を中心として回転している羽根の先端よりも軸に近い中心方向に入り込み」などと言う現象は物理的に起こりえない。以上のとおり、本件審決は、認定を誤つている。

(二) 技術分野に関する認定の誤り

本件審決は、(イ)及び(ロ)の記載から、引用発明が本願発明と同様に「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」に関するものであると認定している。前記(イ)及.び(ロ)の認定には誤りはないが、「加水技術」である本一願発明と「生地作りの技術」である引用発明とを混同しており、この認定は誤りである。

(三) 小麦粉に水を添付する方法に関する認定の誤り

本件審決は、「そこで、小麦粉に水を添付する方法について検討する。前記(ハ)、(ニ)及び(ホ)の記載によれば、・・・ホツパーによつて円筒に供給された小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分内に激しく分散され、同様にして、ノズル28を通して供給された水流は羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによつて分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)は、遠心作用及び円筒の排出端に向かう推進作用を受けるとともに、ごく微細に分散した状態(atomized condition)において互いに接触し合うものであり、さらに、第三の羽根20Cは先行する羽根20Bとともに水を分散させ、その結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える点で協同するものである。」と認定している。しかし、(ハ)及び(ニ)の記載の重要部分の認定そのものが前述のように誤りであるから、右認定は誤りである。

(四) 本件審決の判断

本件審決は、前記認定に基づいて、「引用発明においては、当初から水分を微粒子状態にして、小麦粉の各粒子に均等に直接添付していることになる。」と判断している。しかし、右判断は、前提となる引用例の記載事項の認定を誤つた結果なされたものであるから、誤つた判断である。

3  取消事由(2)(引用例の開示内容の認定の誤り)

仮に、引用例に本件審決が認定した「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」との記載があるとしても、引用発明の装置では小麦粉と水との空中接触は技術的に起こりえないから、右記載(以下、「審決認定の接触記載」という。)は、技術を開示したことにならないので、引用発明の装置において、小麦粉と水とが空中接触するとした本件審決の認定判断は誤りである。

(一) 第一に、引用例のどこをみても、本願発明のような技術的課題(目的)の記載もなければ、その技術的課題の解決手段としての構成の記載もないし、また作用効果の記載もない。とくに、小麦粉と水とが「ごく微細に分散した状態において互いに接触」するということの目的、及び効果の記載がないことは重要である。第二に、「審決認定の接触記載」は、引用発明の全体の説明中の一部分であつて、引用発明の装置における羽根による原料の遠心分離作用について述べたものにすぎないので、「審決認定の接触記載」から何らかの発明が読み取れると考えるのは無理である。第三に、「審決認定の接触記載」は、引用例全体のコンテクスト(流れ)、したがつて、引用発明の本質からみて全く異質な記載となつてしまう。引用例の全体を読み、引用発明の目的、構成、効果がどのようなものであるかを全体的、統一的に理解し把握すれば、引用発明の技術が攪拌混合を本質とするものであることが明瞭であるのに、唐突にこれとは矛盾する記載がなされていることになる。したがつて、「審決認定の接触記載」のような記載があつたとしても、「審決認定の接触記載」からは何ら意味のある技術内容を読みとることはできない。

(二) また、そもそも、「審決認定の接触記載」は、引用例の装置において物理的に起こりえない現象である。このような認識のもとにおいては、当業技術者は本願発明の技術的内容が開示されていると読みとることは、到底できない。

(三) 更に、当業技術者が、「審決認定の接触記載」から本願発明を読みとることができないゆえんは、次のような客観的事実からも明瞭に裏付けることができる。

(1) 本願発明の効果が顕著であるのに本願発明の公開以前には長い間実施されず、本願発明より格段に劣る従来の製造法-攪拌型混合機による攪拌混合加水がずつと実施され続けていた(甲第一号証(本願公報)1欄「発明の詳細な説明」の欄の初めから4欄一六行参照)。

(2) 補助参加人らによる本願発明の評価と行動

本願発明が、このように従来にない優れた効果を奏する技術であつたため、本願発明が公開されるや、補助参加人ら製粉会社は本願発明の価値を高く評価し、競つて本願発明を実施する装置を製造し、販売しはじめた。

4  被告及び補助参加人ら(以下、「被告ら」という。)の主張に対する反論

(一) 乙第二号証について

被告らは、乙第二号証の実験は、引用例の実施例を水の供給を行なわない点を除き忠実に再現させたものであると主張する。

ところが、右実験の実験装置は、円筒の出口端側の側壁が無く、全面的に解放されているなどの点で引用例の実施例とは大きく異なる。乙第二号証の装置や引用例の装置では、羽根の回転によつて、円筒内壁面に沿つて入口端から出口端へ向かう空気流を生ずるが、乙第二号証の装置には、引用例の装置とは異なり出口端側の側壁が無いために、円筒内壁面に沿つて出口端へ向かう空気流を補うための逆向きの空気流が、回転軸に沿つて側壁の無い側の円筒の外側から円筒の内部へ向かつて吹き込む現象が生じる。これに対し、両端に側壁を有する引用例の装置では、このような現象は生じることがない。したがつて、乙第二号証の装置による実験をもつて、引用発明において小麦粉や水が円筒内に分散されるとの被告の主張の裏付けとすることはできない。

また、被告らの実験報告は、「軸や羽根に小麦粉が付着している」というだけであり、肝心な、羽根によつて作用を受ける小麦粉の動静に関する報告がない。小麦粉の動静についての記載が欠落したこのような実験報告は、被告らの主張をなんら裏付けるものではない。

前述のように、乙第二号証の装置では、羽根の回転によつて、円筒内壁面に沿つて円筒の内部から出口端へ向かう空気流を生ずるが、乙第二号証の装置には出口端側の側壁が無いために、この円筒内壁面に沿つて出口端へ向かつて流れ出る空気流を補うための逆向きの空気流が、回転軸に沿つて円筒の外部から円筒の内部へ吹き込む現象が生じる。そのため、羽根の遠心作用と推進作用によつて、円筒内壁面に沿つて一旦円筒の外に出た小麦粉の一部が、回転軸に沿つて円筒の外部から円筒の内部へ吹き込む空気流に乗つて円筒内に逆流する現象が生じるのである。乙第二号証の回転軸付近に付着した小麦粉の大方の部分は、回転軸に沿つて円筒の外部から円筒の内部へ吹き込む空気流に乗つて円筒内に逆流する小麦粉が付着したものである。

(二) 乙第六号証について

被告らは、「乙第六号証の実験結果は、小麦粉が軸方向の空間へ分散されることは有りえないという原告の主張は誤りであることを端的に示すものである。」と主張する。

しかし、乙第六号証の実験装置において、小麦粉が回転軸や羽根の回転軸付近に付着する現象が生じた原因は、乙第二号証の実験の場合と同様に、装置の排出端方向から円筒の中へ向かう回転軸に沿つた副次的な空気流が生じ、この空気流によつて小麦粉が円筒内の軸付近に運び込まれた結果である。

これに対し、引用発明の装置では、引用例の第1図に明らかなように、側壁は最も排出端寄りの羽根に接するように設けられている。そのため、引用例のこのような側壁は、排出端方向からの逆流を妨げるように機能する。したがつて、右のような現象は生じない。

(三) 乙第三号証ないし乙第五号証について

被告らは、「乙第三号証ないし乙第五号証(以下、「本件公知例」という)の記載からすれば、本願出願日以前に、既に、小麦粉への加水については、小麦粉の全粒子の表面に均一な吸着をさせることが望ましく、その加水工程として浮遊している小麦粉に水を噴霧することによつて、水を小麦粉粒子に均等に吸着させるという技術思想が引用例以外の文献にも当業技術者に知られていた」と主張する。

しかし、被告らの主張は、本件公知例の内容が従来の技術の域を出ていないものであるのに、あたかも本願発明の内容が記載されているかのごとく主張するものにすぎず、的はずれであり、かつ不当である。

第三  請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四の主張は争う。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はない。

1  本願発明について

(一) 本願は、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする小麦粉練り製品製造における加水熟成方法。」を特許請求するものである。

原告は、本願発明においては、小麦粉と水分とを両者の接触の当初から粒子単位で均等に結びつけてゆく方法によつて加水を行なうものである旨主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲の欄には、いかなる方法で「水を微粒子状」とするのか、いかなる方法で微粒子状にした水を「均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」のか等々の手段についての記載が全くなく、かつ「微粒子状」、「均等」、「小麦粉の各粒子」並びに「直接添付」の意味がいずれも明確にされていない。

(二) 一方、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、小麦粉練り製品製造における加水熟成方法における従来技術をミキサーによるミキシング方法であるとし、この方法によると、「ミキシングに際しての小麦粉への水分の供給が、容器等でまとめて投入する方法であるにせよ、散水装置等による分散投入方法であるにせよ、大小の違いこそあれ、まず、部分的な過剰添付部分と未添付部分とを用意し、ここから、水分の拡散と均等化を目ざすミキシングを始める性質のものであるため、この過剰添付部分の過剰な遊離水分の一部は最後まで遊離した状態で多数各所に残留し、この結果、・・・・望ましい加水量に達する前に、容器や加工機器に付着し易い、やわらかい麺体となつてしまい、高率加水をおこなうことができなかつた。」(甲第一号証2欄三五行ないし3欄一二行)と、従来技術の欠点を指摘しているが、本願発明がその従来技術の欠点を解決する具体的な手段については、「小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じてねり行程あるいは加圧行程を加えてグルテンのss結合=網目構造化を行なう加水熟成方法である。」(同号証3欄三一行ないし三七行)と記載するのみである。したがつて、本願明細書の発明の詳細な説明の欄においてすら、本願発明では、「水分の微粒子」や、小麦粉の各粒子とは具体的にどの程度の大きさのものを予定しているのか、水分を「均等にゆきわたらせる」とはどの様な趣旨であるのか、また、「直接添付」とはいかなる工程かは全く明らかにされていない。

(三) 常識的に考えてみても、加水をしようとする小麦粉の一粒一粒(この様な粒が本願発明のいう「小麦粉の各粒子」であるかは明らかではないが。)は同一の形状や大きさを有するはずがなく、大小さまざまの形状を有していると考えられる。これらの一粒一粒異なつたさまざまな大きさと形状の小麦粉の一粒一粒にそれに応じた等しい割合で水分を添付することを理想的な形で実現しようとすれば、全小麦粉に対する加水量から個々の小麦粉の粒に対応する水の量を計算し、そのような量の水の粒を用意し、しかも、この特定の小麦粉の一粒とこれに対応して用意された水の一粒とを接触結合させることが必要になる。

しかし、このようなことは到底実現不可能である。少なくとも、本願発明以前の技術常識では不可能であつたことは明らかである。(後述のとおり、このようなことが理想的な加水であることは認識されていた。)しかも、本願明細書中にも右のようなことを実現しうる具体的方法は全く開示されていない。

したがつて、本願発明は、理想的な意味での「小麦粉粒子」に水分を「微粒子状にして」「均等に」「直接添付」することを意味しているのではない、と理解せざるをえない。

(四) そこで、本願発明の具体的な実施例についての明細書の開示を検討すると、「本発明の実施の具体例として、小麦粉と水分の直接的な結合方法として次のような方法が考えられる。1) 小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させて互いに接触、結合させる方法。2) 薄い膜状にひろげた小麦粉に水を噴霧させる方法。3) 小麦粉粒子と水の微粒子をそれぞれ逆に帯電させ吸着させる方法。4) これら1~3の方法を適宜組合わせて行う方法。」(甲第一号証4欄三六行ないし5欄三行)との記載があり、また、実施例に関する装置についての記載中に、「・・・粉体を加水空間2へ必要な形状と速度をもつて噴霧させるように工夫されたノズル3により粉体は加水空間2に広げられる。・・・水溶液を加水空間2へ必要な形状と速度をもつて噴霧させるように工夫されたノズル4により水溶液は加水空間2に広げられる。加水空間2において粉体と水溶液はそれぞれの粒子単位で結合し、湿粒状で下部のベルトコンベア16の上に落下する。」(甲第一号証5欄三五行ないし6欄五行)との記載が各存する。

(五) これら、実施例の記載によれば、「小麦粉を噴霧し・・・浮遊させ、これに水を噴霧し・・・浮遊させて互いに接触結合させること」、また、「薄い膜状にひろげた小麦粉に水を噴霧すること」が本願発明を実施したことになる。また、「粉体及び溶液をノズルから一定の空間へ噴霧する」ことにより、「粉体と水溶液はそれぞれの粒子単位で結合」することが達成されるというのである。しかし、本願明細書ではこの噴霧される小麦粉及び水の大きさ、形状並びに噴霧の速度については単に「必要な」と記載されているのみで具体的には何ら開示されていないので、通常の噴霧装置で得られる大きさ、形状と速度で足りるものと理解せざるをえず、とすれば単に「噴霧させる」ということと何ら変わりないことになる。即ち、「小麦粉を噴霧し・・・浮遊させ、これに水を噴霧し・・・浮遊させて互いに接触結合させること」、「簿い膜状にひろげた小麦粉に水を噴霧すること」並びに、「粉体及び水溶液を一定の空間へ噴霧する」ことは、いずれも本願発明に言う「小麦粉各粒子」へ水分を「微粒子状にして」「均等に」「直接添付」することの具体的実施になるということである。

逆にいえば、本願発明にいう「小麦粉各粒子」へ水分を「微粒子状にして」「均等に」「直接添付」するとは、右の各方法で達成しうる程度のものをいうということになる。

2  引用発明について

原告は、引用例には本件審決の認定することき記載は存在せず、仮にそうでないとしても、引用発明の装置では、本件審決の認定するような現象は技術的には起こりえないから、引用例の記載は技術を開示したことにはならないとして、本件審決の認定に誤りが存在すると主張する。

しかし、原告の右主張は、引用例の明瞭な記載を無視するものであり、かつ、引用例中に開示された装置についての独自の理解に基づくものであり、原告の本件審決の認定に対する非難は、的はずれなものである。

(一) 引用例の開示内容について

(1) 原告は引用例から、小麦粉と水の微粒子は、ごく微細に分散した状態において互いに接触し合うとの技術思想を読み取れない旨主張する。

しかし引用例には、「図示の装置において、粉状及び液状原科用の輸送管は、ホツパー26及びノズル28によつて表されており、これらのものは、軸14上の最初の三連の羽根20A、20B、及び20Cの存在する範囲内で円筒の長手方向に前後にずらして配列されている。これらの三連の羽根が原料のまき散らし手段を形成している。さらに詳細にいえば、第1図に見られるように羽根20Aがホツパー26の排出端に対向した位置で回転するので例えば軸14が毎分八〇〇回転の速度で回転すると、ホツパーによつて円筒に供給された小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分内に激しく分散される。同様にして、ノズル28を通して供給された水流は、羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによつて分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)はごく微細に分散した状態(atomized condition)で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向う推進作用を受ける。第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」(乙第八号証2頁一二七行ないし3頁二三行)との記載が、また、「粉状及び液状の原料のための分離した輸送管からなり、円筒の入口端部内において大気中にその原料をまき散らすことができる手段と組合された前記輸送手段」(同6頁一二一行ないし一二六行)との記載、更に、「この方法は、前記の入口端部に粉状の原料と液状の原料とを別々に供給しながら、羽根の先端の放射方向に少なくとも一〇Gの加速度を生ずる方法で前記のシヤフトを連続的に回転させ、両原料が前記部分の空気中に分散され、かつ羽根によつて円筒の内面に向つて遠心作用を受ける状態で、前記端部で両原料を互いに接触すること・・・を特徴とする。」(同2頁二三行ないし三四行)との記載があり、いずれも文意明解で二義に解する余地はないものである。即ち、引用例の右記載には、高速に回転した羽根により小麦粉と水を微粒子状にし、これを微細に分散した状態において互いに接触させるとの技術思想が明確に示されているのである。

(2) 前述のとおり、本願明細書の記載から見れば、特許請求の範囲にいう「水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」とは、噴霧により浮遊している小麦粉に水を噴霧すること、あるいは薄膜状にひろげた小麦粉に水を噴霧することにより達成しうるものであり、逆にいえば、本願発明にいう「水分の小麦粉粒子への均等な直接添付」とは、右の如き方法で達成しうる程度のものをいうということである。

しかも、特許請求の範囲の記載から明らかなごとく、本願発明にいう「水分の小麦粉粒子への均等な直接添付」の方法は「水分を微粒子状にして添付する」こと以外には限定的要件がないことは、本件審決が認定するとおりであり、その具体的方法は当業技術者が任意に選択しうるものとされている。そして、本願明細書では、単に、空間に小麦粉と水とを微粒子化して浮遊させ、互いに接触させることにより、本願発明にいう小麦粉と水との均等な接触が達成されうるとされているのである。

ところが、右のように小麦粉と水を微粒子化して浮遊させ、互いに接触させるということは、「小麦粉と水の微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」という引用例の記載そのものである。とすれば、引用例の場合でも本願発明にいう程度に水の微粒子が小麦粉の各粒子に「均等に直接添付されている」ことになるのは当然である。

したがつて、本願発明が引用例に開示されていることは、明らかである。

(3) 原告は、引用例には目的、効果の記載がない旨主張するが、引用例には目的及び効果の記載が存在する。即ち、引用例には、その発明の目的及び技術課題として、「この発明は、主として穀粉と水からなる、粉末及び液体成分からドウをつくる方法に関するものである。発明の主たる目的は、ベーカリー製品(主としてパン、ケーキ、ビスケツト、及び棒パン)及ぴ(スパゲツテイ、マカロニのような)パスタ類の製造に適した状態のドウを連続的な方法で製造することにある」(乙第八号証/頁八行ないし一七行)「ベーカリー製品及びパスタに用いられる小麦粉は通常主として穀粉とグルテンからなつており、使用に耐えるドウは全体にかなりの量の水が均一に行き渡つていなければならない。」(同1頁三二行ないし三八行)、と記載され、本願発明と同様に小麦粉練り製品の製造(本願明細書では具体的には「製パン、製麺、製菓」としている。甲第一号証3欄二三、二四行)において水分的均一な分散の必要性を指摘しており、また効果につき、「ベーカリー製品及びパスタ用のすばらしい品質のドウを連続的な方法により・・・(中略)・・・二〇杪もしくはそれ以下の短時間の滞留時間のうちに調製することができることを今や新たに見出した「(乙第八号証1頁八七行ないし2頁四行)との記載があり、引用例には開示技術についての明解な目的、効果の記載が存在するのである。

したがつて、原告の、引用例に目的、効果の記載のないことを理由とする主張は基本的に誤つたものである。

(二) 引用例の開示に関する本件審決の認定に対する原告の主張について

(1) 原告の本件審決の認定を争う主張は、そもそも引用例の記載についての明らかな誤訳を前提とする誤読ないし誤野に基づくもりである。

(ⅰ) まず第一に、原告は「mist」を液体中に固体が微粒子として存在する状態という意味での「懸濁液」と訳しているが、これは完全な誤訳である。

原告が「mist」の語を右のように訳した理由は、「小学館ランダムハウス英和大辞典」中の「mist」の項の第六番目の訳として「懸濁液(SUSPENSION)」とあるのを液体中に固体粒子が分散したものと理解したためと考えられるが、ここにいう「SUSPENSION」とは気体中に液体が分散したものの意である。

即ち、右「小学館ランダムハウス英和大辞典」は、基本的に著名な英々辞典「ザ・ランダム・ハウス・ディクシヨナリー」の和訳に多少の例文、熟語を付加して作成された辞典であり、個々の単語の訳は原典である英々辞典に対応したものになつている。そこで、右「ザ・ランダム・ハゥス・デイクシヨナリー」第九一六頁(乙第一号証の五)の「mist」の意味として、対応する第六番目の語義を見ると、「a suspension or a liquid in a gas」(気体中に液体が懸濁したもの。)とその意味を明記してある。要するに霧のことである。「小学館ランダムハウス英和大辞典」の翻訳者は右の意味での「suspension」の語のみを取り出し「in a gas.」の句を無視した結果「懸濁液」との訳を与えたもので、これは翻訳者の誤解である。あくまで「mist」とは霧のことである。

したがつて、本件審決が「mist」を「霧」と認定したのは当然のことであり、ここで「mist」を「懸濁液」と訳すことの方が誤りである。

(ⅱ) 次に、原告は、「atmosphere」を「円筒内壁面沿いの薄い空間部分」という独自の訳を主張する。

ところが、ここでも前記「小学館ランダムハウス英和大辞典」には誤訳がある。即ち、英語版の「ザ・ランダム・ハウス・デイクショナリー」の「atmosphere」の項の1には「the gaseous envelope surrounding the earth」と記載されており、これを「小学館ランダムハウス英和大辞典」では「(地球を取り巻く)大気、空気」と訳しながら、4の「any gaseous envelope or medium」においては「envelope」を「被膜」と誤つて訳している。ここでの「envelope」は1の項も4の項も同様に「つつみこむもの」であり、「気体の雰囲気、媒体」と訳すべきものである。

このように、「atmosphere」という語自体の意味には「被膜」という意味はなく、「大気」「雰囲気」「環境」という意味である。したがつて引用例での「in the atmosphere」は「円筒内空間の気体中」の意味であつて、「大気中に」の訳文も、この趣旨である。よつて、この点について本件審決の認定にはなんらの誤りも存しない。

(ⅲ) また、原告は「atomize」を(物体の表面に)「霧状に吹きつける」の意として用いられるとし、「atomized condition」を「霧状に吹きつけられた状態で」の意味であるとする。

しかし、「atomize」自体に「吹きつける」との意味は全くなく、本件審決も指摘するとおり、「atomized condition」とは元来微粒子になるような分散した状態を示す語であり、液状物については微細な霧状になつた状態を示すものであることは明らかである。

(ⅳ) 最後に原告は、本件審決の引用例(3頁七一行以下)には「円筒10内の原料及び生地の微粒子が目的に反して軸の表面に付着する傾向をもつので・・」との記載があるとの認定中、「目的に反して」(accidentally)の部分は誤解であると主張するが、文意からみても、また用語上も本件審決の認定には、なんらの誤りもない。

(2) 原告の本件審決に対する批難は、総て右に指摘した恣意的な、あるいは少なくとも技術常識上明白な誤訳を前提とするものであり、その不当性は明らかである。

(三) 引用発明の装置について

(1) 原告は、仮に引用例の記載を本件審決認定のとおりのものとしても、引用発明の装置では、記載のような現象は技術的に起こりえず、したがつて、引用例の記載は技術を開示したことにはならない旨主張する。

原告の右主張は、引用例に開示された装置においては、小麦粉ないし水は円筒内に供給されるやいなや直ちに円筒内壁面に押し付けられてしまい、水や小麦粉が円筒内空間に分散されることは有りえないという主張を前提とし、これを唯一の根拠として導き出されたものである。

そこで、補助参加人らにおいて原告の右主張が誤つていることを実験的に確認したのが、乙第二号証の実験報告書に記載された実験である。

即ち、乙第二号証の実験は、引用例の実施例を、水の供給を行わない点を除き忠実に再現させたものである。乙第二号証添付写真11ないし17から明らかなとおり、実験装置の羽根及び軸には多量の小麦粉が付着しているのが観察された。したがつて、右の実験結果は、引用発明の装置において、小麦粉が円筒内空間にも分散されるという事実を示すものである。

(2) これに対して、原告は、乙第二号証の装置では、軸付近で円筒外から内部へ向う逆向きの空気流が生じ、この空気流が一旦排出された小麦粉を軸付近で円筒内に運び入れ、これが軸及び羽根の軸付近の部分に小麦粉が付着した理由であると主張する。そして、そのような空気流が生じる理由は円筒の山口端が解放されているからであり、一方、引用発明の装置では出口端に側壁が設けられておりこのような現象が生じず、したがつて、乙第二号証の実験は、引用発明の装置の実験として意味の無いものである旨主張する。

原告の右主帳は、自ら同様の実験を行つて確認したものでもないものであり、理論上は円筒外から円筒内に向かい軸方向に逆向きの空気流が生じうるとしても、小麦粉の供給口からも小麦粉と共に空気が流れ込むことを考慮すれば、軸付近での逆流する空気流は僅かなものであり、乙第二号証で観測される程の小麦粉を運び込む程のものでは有りえないことは明らかである。

(3) 原告の主張するような円筒端の壁の有無が、乙第二号証の結論に影響を及ぼすことは有りえないが、確認の意味で実施したのが、乙第六号証の実験報告書に記載された実験である。

乙第六号証の実験装置は、乙第二号証の実験装置と同じ装置であり、ただ乙第二号証の実験装置では円筒端が解放されていたのに対し、乙第六号証の実験装置では円筒端に壁が設けられている点が異なる。実験条件は乙第二号証のものと全く同一になるように設定し、小麦粉を供給して小麦粉が羽根に付着する様子を観察したものである。この乙第六号証の実験においても、小麦粉が軸及び羽根の軸付近の部分にまで付着していることが観測された。

この結果は、乙第二号証のものと全く同一であり、円筒端が解放されているか否かは、小麦が軸及び羽根の軸付近の部分にも付着するという結果に全く影響していないことを明らかにしている。

(4) 以上のとおり、乙第二及び第六号証の実験結果は、引用発明の装置では、小麦粉は供給されるや否や羽根により円筒内壁面に押しつけられてしまい、軸方向の空間へ分散されることは有りえないとの原告の主張が、明らかな誤りであることを端的に示すものである。

なお、原告は右第六号証の実験につき、小麦粉が羽根の軸付近の部分にまで付着した理由を、装置の排出端方向から円筒の中へ向かう回転軸に沿つた副次的な空気流のためであるとする。しかし、原告の主張する副次的な空気流なるものの発生する合理的な根拠も、また、実際に発生することを示す実験データも全く示しえていないのである。

(四) 本願出願日当時の技術水準について

原告は、引用例にいかなる技術が開示されているかは、本願出願日当時の技術水準ないし当業技術者の技術常識により判断すべきところ、従来技術は、総て単に小麦粉と水とを撹拌混合する技術にすぎず、小麦粉に水の微粒子を直接添付する技術思想は全く存在しなかつた旨主張する。

しかしながら、原告のかかる主張は、本願出願日当時の技術水準についての明らかな誤解に基づくものである。即ち、乙第三ないし第五号証の記載からすれば、本願出願日以前に、既に、小麦粉への加水については小麦粉の全粒子の表面に均一な吸着をさせることが望ましく、また、この加水工程として、浮遊している小麦粉粒子に水を噴霧すると水が小麦粉各粒子に均等に吸着する、という技術思想が引用例以外の文献にも、当業技術者に知られていたことは明らかである。

3  川久保鑑定書について

(一) 川久保鑑定書(甲第七号証)は、引用例の記載文言に明らかに反する解釈によつたものであり、到底引用例の開示内容の正しい理解とはいえないものである。

(1) 川久保鑑定書の鑑定事項A-1の趣旨は、「引用例は、投入された粉と水が回転羽根による作用を受けて円筒内壁面と回転軸との間の空中に浮遊する状態を呈すると理解できる記載があるか」というものである。

右の鑑定事項を念頭に、引用例の記載を素直に読めば、右のごとき記載は引用例に明らかに「ある」といわざるをえないのである。即ち、川久保鑑定書も引用する引用例2頁二九行ないし三四行には、「粉と水を入口端部の空間(大気中atmosphere)に分散された状態で粉と水を当該入口端部で接触させる」と明確に記載されているのである。

(2) 次に、鑑定事項A-2は、「引用例の記載からは粉と水の最初の接触あるいは合体は円筒内のどの部分と理解できるか」というものである。

川久保鑑定書は、これに対し、粉と水が最初に接触する円筒内壁面上であると結論するが、この結論もまた引用例3頁八行ないし二三行の明確な文言に反するものである。

即ち、小麦粉と水が微細な状態で接触するのは、羽根によつて分散されるからであることをこの記載は明確に述べている。したがつて、この小麦粉と水の微粒子の微細に分散した状態での接触というのは、粉と水が激しく分散された場所即ち、円筒内空間であることは明らかである。

(3) 次に川久保鑑定書の鑑定事項A-3は「引用例中に粉と水は最初の接触において、むらのない均等な接触あるいは合体をすると理解することのできる記載があるか否か」というものである。

前述のとおり、本願発明は、単に空間に小麦粉と水とを微粒子化して浮遊させ、互いに接触させることにより、本願発明にいう小麦粉と水との「均等」な接触が達成されうるというのである。ところが、右の小麦粉と水を微粒子化して浮遊させ、互いに接触させるということは、引用例の記載そのものである。とすれば、引用例の場合でも本願発明にいう程度で粉と水とが「均等に接触している」というべきである。

(二) 川久保鑑定書は、実験報告書(その一)(甲第四号証)につき、引用発明の装置において、明細書記載の条件の下で粉と水とがどのような運動をするかを知るための実験装置として妥当であると判断する。

しかし実験報告書(その一)の装置は明らかに引用発明の装置と異なつた条件を有するものであり、到底引用発明の装置中での粉と水の動きを知るに適切な装置とはいいえないもので、川久保鑑定書はこの点を看過したものである。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。

1  本願発明について

(一)  成立に争いのない甲第一号証(本願特許公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、本願発明の技術的課題、構成及び効果について次のとおりの記載があることが認められる。

「従来の小麦粉練り製品製造における加水熟成方法は、容器の中に何らかの形状の回転翼を有する構造のミキサーを使用し、容器中に小麦粉と水を入れ、回転する翼でこれを撹拌あるいは加圧することにより、部分的な含水小麦粉をこまかくくだき、均質化し、また水分を他の粉末部分に浸透させてゆく。また、同時にねばり成分に転化した蛋白質(グルテン)の結合を促し、この網目構造を作りあげてゆくのである。従来のこの方法は、小麦粉中に含有される空気泡が水分の拡散と蛋白質との結合を妨げるためかかなりの長時間を要し、加水量の比較的少ない製麺等においては、ミツクス工程中においては蛋白質の加水によるねばり成分―グルテンへの転化を完了することはできなかつた。」(甲第一号証/欄一九行ないし三三行)「従来、これを改良するため、ミキサー中を減圧し、あるいは、麺体を加圧して空気泡を取り除いて水分と蛋白質の結合を促す方法等も考案されているが、・・・・中略・・・・この方法も一長一短の状況にある。」 (同2欄二行ないし八行) 「従来のシキサーによるミキシングは、ミキシングに際しての小麦粉への水分の供給が、容器等でまとめて投入する方式であるにせよ、散水装置等による分割投入方式であるにせよ、大小の違いこそあれ、まず、部分的な過剰添付部分と未添付部分とを用意し、ここから、水分の拡散と均等化を目ざすミキシングを始める性質のものであるため・・・・・」 (同2欄三五行ないし3欄五行) 「本発明は、従来の有翼ミキサー等を使用して撹拌、加圧する加水熟成方法が、a)長時問を要ししかもb)蛋白質の粘り成分化が不十分であり、c)粘り成分の網目構造化による活用にたいへん無駄がある点に着目し、また、従来の方法が、A)加水浸透による蛋白質のグルテン化の工程と、B)グルテンのSS結合による網目構造化の工程が同時に進行する方法であり、この同時進行が先きに述べたように悪い結果をもたらしているばかりではなく、その要求される機能の観点からみても、例えば製パン、製麺においてはA)B)両工程が要求されるが、ソフト系の製葉においてはB)工程は必要としないという点等に着目し、また、d)従来の方法が、水分の過剰添付部分と未添付部分との混合体を撹拌する方式である結果、最後まで部分的に過剰な避離水分が残留して麺体をやわらかくしてしまうために、必要にして十分な高率加水を行い得ない点を考慮し、両工程を分離し、ねり作用等を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化を行う加水熟成方法である。」(同3欄一三行ないし三七行)「このような方法をとることにより、(Ⅰ)時間が著しく短縮される。(Ⅱ)蛋白質の粘り成分への転化が完全に行われる。空気を抜去る方法を採らないので製品の風味を損ねない。(Ⅲ)ねり工程は純粋にねり工程としてスタートさせるため、ss結合=網目構造の破壊がほとんど無くなるため、はるかに緻密、多量、良質のグルテンの網目構造が得られる。(Ⅳ)ねり工程を必要とする場合、しない場合に応じ用途に適した工程を選択し得るため、より良質な製品を得ることができる。(Ⅴ)加水熟成工程の連続化が容易になる。(Ⅵ)文字通りの均等加水であるため、工業的に加工可能な状態で高率加水麺体を得ることができる。等の著しい効果がある。」(同3欄三八行ないし4欄九行)と記載されていることが認められる。

(二)  右記載によれば、本願発明は、小麦粉練り製品製造における加水熟成方法において、前記A)加水浸透による蛋白質のグルテン化、即ち、加水の方法に特微を有するものと認められるものであり、加水については、従来の水の供給が容器等でまとめて投入する方式あるいは散水装置等による分割投入方式のいずれも、まず水分の部分的な過剰添付部分と未添付部分とを用意し、そこから水分の拡散と均等化を目ざすミキシングを始める性質めものであつたのに対し、本願発明は、微粒子状にした水を小麦粉粒子に直接添付させることにより当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせる、即ち、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に記載の構成とするものであることが認められる。そして、前掲甲第一号証によれば、本願発明の要旨は、本願明細書の特許請求の範囲の記載のとおりであると認められるところ、右特許請求の範囲に記載の、「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法とは、前掲甲第一号証によれば、具体的には、「1)小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させて互いに接触、結合させる方法。2)薄い膜状に広げた小麦粉に水を噴霧させる方法。3)小麦粉粒子と水の微粒子をそれぞれ逆に帯電させ吸着させる方法。4)これら1~3の方法を適宜組合せて行う方法。」(同号証4欄三六行ないし五欄三行)を指すものであることが認められる。

2  引用発明について

(一)  成立に争いのない甲第三号証(乙第八号証。英国特許第一二四二〇三七号明細書)によれば、引用例には、「この発明は、主として穀粉と水からなる、粉末及び液体成分からドウ(生地)をつくる方法に関するものである。発明の主たる目的は、ベーカリ製品(主としてパン、ケーキ、ビスケツト及び棒パン)及び(スバゲツヲイやマカロニのような)パスタ類の製造に適した状態のドウを連続的な方法で製造することにある。」(甲第三号証1頁八行ないし一七行。乙第八号証訳文1頁九行ないし一四行参照)「ベーカリー製品及びパスタ用のすばらしい品質のドウを運続的な方法により、・・・・中略・・・・二〇秒もしくはそれ以下の短時間の滞留時間のうちに調整することができることを今や新たに見出した。」(甲第三号証1頁八七行ないし2頁四行。乙第八号証訳文3頁一九行ないし4頁二行参照)「この発明は、主として穀粉と水からなる粉状及び液状原料から、ベーカリー製品及びパスタ用のドウを連続的に作る方法を提供するものである。」(甲第三号証2頁五行ないし九行。乙第八号証訳文4頁三行ないし五行参照)「この方法は、前記の入口端部に粉状の原料と液状の原料とを別々に供給しながら、羽根の先端の放射方向に少なくとも一〇Gの加速度を生ずる方法で前記のシヤフトを連続的に回転させ、両原料が、前記部分の空気中に分散され、かつ羽根によつて円筒の内面に向つて遠心作用を受ける状態で、前記端部で両原料を互いに接触すること・・・・中略・・・・により特徴づけられる。」(甲第三号証2頁二三行ないし四三行。乙第八号証訳文4頁一四行ないし5頁五行参照)「図示の装置において、粉状及び液状原料用の輸送管は、ホツパー26及びノズル28によつて表されており、これらのものは、軸14上の最初の三連の羽根20A、20B、及び20Cの存在する範囲内で円筒の長手方向に前後にずらして配列されている。これらの三連の羽根が原料のまき散らし手段を形成している。更に詳細にいえば、第1図に見られるように羽根20Aがホツパー26の排出端に対向した位置で回転するので例えば軸14が毎分八〇〇回転の速度で回転すると、ホツパーによつて円筒に供給された小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分内に激しく分散される。同様にして、ノズル28を通して供給された水流は、羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによつて分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)はごく微細に分散した状態(atomized condition)で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向う推進作用を受ける。第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水分を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」(甲第三号証2頁一二七行ないし3頁二二行。乙第八号証訳文7頁一五行ないし8頁一一行参照)「(C)粉状及び液状の原料のための分離した輸送管からなり、円筒の入口端部内において大気中にその原料をまき散らすことができる手段と組み合された前記輸送手段、」(甲第三号証6頁一二一行ないし一二六行。乙第八号証訳文23頁一六行ないし一九行参照)と記載されていることが認められる。

なお、原告は、引用例2頁七八行の「the atmosphere」は、「円筒内壁面沿いの薄い空間部分」を指しているものであり、同3頁一七行の「atomized condition」は、「吹き付けられてしまつた状態」と、同3頁二二、二三行の「the resulting mist」は、「生成された懸濁液」とそれぞれ認定するのが妥当である旨主張するが、前掲甲第三号証によれば、引用例は、右認定のように理解すれば、その全体を無理なく読み取ることができ、また、後に判断するように、このような引用例の理解の仕方が技術的にも可能であつて、右原告の主張は、いずれも合理的根拠を見出だすことができないので、採用できない。また、原告は、原告が主張するような認定は、英和辞典の該当項目について記載されている訳からも可能である旨主張するが、単に、辞典上、たまたま、そのような訳があつたからといつて、引用例についても同様の翻訳が可能であるということはできず、引用例と同一の分野において作成された文書において、そのような訳がされていることが明らかにされて始めて、この主張ができるものといわなければならない。

(二)  右記載によれば、引用発明は、本願発明と同様に、小麦粉練り製品の製造における生地を二〇秒以下という短時間の処理の下に製造できる連続的製法に関するものであり、ホツパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水は、その排出口に対応する円筒の入口端部において分散され、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に、小麦粉と水との微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものであることが開示されていることが認められる。この、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる右現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法に相当するものといわなければならない。

なお、原告は、引用発明が本願発明と同様小麦粉練り製品製造における加水熟成方法に関するものであるとした本件審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし、本願発明は、加水浸透によるグルテン化の工程に特徴を有するものであるとはいえ、前記1(一)において認定した事実によれば、「・・・・純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じ練り工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのss結合化―網目構造化を行う加水熟成方法である。」というのであるから、本願発明における加水熟成方法がグルテンのss結合化―網目構造化を排除するものでないことは明らかであり、これは、引用発明におけるドウの製造方法に他ならないものであるから、本件審決の前記認定に誤りはなく、原告の右主張は採用できない。

(三)  以上の事実によれば、引用発明は本願発明と構成を同一にするといえるから、本願発明は引用発明とは同一のものであり、同旨の本件審決の認定判断に誤りはない。

3  取消事由(1)について

(一)  (ハ)の記載(C)について

原告は、本件審決は、(ハ)の記載(C)において、「円筒の入口端部内において大気中にその原料をまき散らすことができる手段・・・・」との記載があると認定しているが、他方、本件審決は、「引用例の装置においても、原料及びドウの粒子が、円筒内において軸を中心として回転している羽根の先端よりも軸に近い中心方向に入り込み、」との記載があると認定しているので、本件審決は、引用発明の装置が、「(原料を)軸に近い中心方向」にまき散らすという意味に理解しているとして、本件審決の右理解は誤りである旨主張する。

しかし、本件審決の原告が指摘する「引用例の装置においても、・・・・軸に近い中心方向に入り込み」との記載は、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、原告が特許異議答弁書(第二)において、引用発明の装置においては「投入された粉体が羽根の前方又は後方の空間に散開する状態はたとえ一瞬たりともならない」と主張したのに対し、前記(ヘ)の記載の内容を受けて言い換えたにすぎないのであつて、本件審決が(ハ)の記載(C)の認定において、原料を軸に近い中心方向にまき散らすという意味に理解しているとはいえず、(ハ)の記載(C)の認定においては、単に「大気中に原料をまき散らす」と記載されていると認定しているにすぎないことが認められるから、原告の右主張は、本件審決の認定していない事項についての認定の誤りをいうことに帰するから、採用できない。

(二)  (ニ)の記載について

また、原告は、(ニ)の記載の認定について、〈1〉「三連の羽根が原料のまき散らし手段を形成している。」「小麦粉は羽根20Aによつて円筒の入口部分に激しく分散される。」「水流は・・・・羽根20Bによつて分散され、」との認定中の「まき散らし」「分散される」「分散され」との記載の意味を、本件審決は、「羽根の先端よりも軸に近い中心方向」の空間に「まき散らされ」「分散させられ」たりすることと認定しているが、引用発明の装置ではそのような現象が物理的に生じることはなく誤りであり、また、〈2〉「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向かう推進作用を受ける。」と記載されているとの認定は、(円筒内の全工程を通じて)「遠心作用と推進作用とが同時に生じる」「間に」「接触が生じる」との引用例の記載を文法的に誤つて認定したものであり、更に、引用発明の装置では、「小麦粉と水とが微粒子状態で接触する」という現象は物理的に生じえないから、該内容が記載されているとする本件審決の認定は誤りであり、更に、〈3〉「第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」としているが、円筒内の空間に水が分散されて「霧」が生じ、その「霧」が遠心作用と推進作用を受けるがごとくいう本件審決の認定は、物理の法則に矛盾する認定であつて誤りであり、また、引用発明の装置が、多量の加水を要するパン用の生地やパスタ用の生地を連続的に作るためのミキサーであることと矛盾する旨主張する。

しかし、右〈1〉の点については、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決が、(ニ)の記載の認定において、「羽根の先端よりも軸に近い中心方向」に原料をまき散らすと記載されていると認定しているものでないことは明らかである。

また、〈2〉の点のうち、引用例の記載を文法的に誤つて認定している旨の原告の主張は、本件審決の原告指摘部分の認定に次に述べるとおり、誤りがあるとはいえないから、合理的理由を見いだすことができない。即ち、〈2〉の点のうち、「小麦粉と水とが微粒子状態で接触する」現象は物理的に生じえないから誤りである旨原告は主張するが、前記2において認定した事実によれば、引用発明の装置においては、三連の羽根20A、20B、20Cは原料のまき散らし手段を形成しているところ、後記(三)のとおり、各羽根は、その面が軸の軸方向に対して略一定の角度で斜めになるようにして軸に固着されている上、各羽根の先端はシヤフトを回転することにより放射方向に少なくとも一〇Gの加速度を生じる方法で回転(例えば毎分八〇〇回転)するのであるから、供給された原料は、各羽根の先端により瞬間的にたたかれしかも推進作用を受けると理解されるのであり、羽根20Aがホツパー26に対向した位置で回転することから、ホツパーの排出端部より供給される小麦粉は、対置している羽根20Aにより、まず瞬間的にであれ、激しく分散され、次いで、該羽根の回転に応じて遠心作用及び推進作用を受けること、そして、液状原料が供給されるノズル28の排出端部においても同様のことが行われると理解することができ、したがつて、ホツパー及びノズルの排出端部、即ち円筒の入口端部において、小麦粉及び水が、分散された時点において接触するであろうことは当業技術者であれば十分理解できることである。更に、20Cの羽根についての引用例の、「先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、また、その結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える」との作用の記載からみても、羽根20Aないし20C間において、小麦粉と水とが、混合される前の微細に分散した状態において接触し合うということも理解できるのである。したがつて、原告が主張するように、「円筒内壁面に遠心分離された小麦粉の上に水が遠心分離されて、小麦粉と水が接触を始める」と解さなければならないとする理由はないから、本件審決の前記〈2〉における原告の指摘部分の認定に誤りがあるとはいえない。

なお、本件口頭弁論の全趣旨により翼正に成立したものと認める甲第七号証によれば、川久保鑑定書の7頁八行ないし二一行には、小麦粉と水とが微粒子状態で接触する現象は物理的に生じない旨の原告の主張に沿う見解の記載があることが認められるが、右見解は、小麦粉と水が、回転羽根にたたかれて遠心作用及び推進作用を受ける間に微粒子状態で接触する機会がある事実を無視した見解というべきであり、現に、同号証によれば、同鑑定書8頁一五行ないし二六行には、「しかし、二つの原料が飛ばされる方向が同一(平行)である上に、飛ばされる距離は一cmからせいぜい三cmどまりの短い距離であり、空中を飛ぶ時間は非常に短いので、両者の接触は、あつたとしてもほんの一部分です。粉が羽根の先端と同じ速度の毎秒九m(英国特許明細書3頁一一三行の記載)で空中を飛ばされると仮定すれば、一cmの距離を飛ぶ時間は〇・〇〇一秒、三cmの距離を飛ぶ時間は〇・〇〇三秒となります。粉は羽根の先端部でたたかれますので空中を飛ぶ時間は、実際には、更に短くなります。このような条件の下では、両者が接触し合う部分においても、両者がこの間に均一に混ざり合う可能性はありません。」と記載されていることが認められ、右記載によれば、同鑑定書においても、二つの原料が均一に混ざり合う可能性は否定していても、接触する可能性は肯定ていることが認められるのであるから、同鑑定書は、前記「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」と記載されていると認定することを妨げるものではない。

更に、〈3〉の点については、前記2に認定したとおり、引用例には、「第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水分を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」と明確に記載されているのに対し、原告が主張する、円筒内の空間に水が分散されて「霧」が生じないこと及びその「霧」が遠心作用と推進作用を受けないことを認めるに足りる証拠はないのであるから、仮に引用発明の装置においては多量の加水を要する場合であつたとしても、そのことからもつて直ちに霧が発生しないことを肯認することはできないし、また肯認するに足りる証拠もない。

したがつて、原告の〈1〉ないし〈3〉の主張はいずれも採用できない。

(三)  (ヘ)の記載について

更に、原告は、本件審決の(ヘ)の記載中の、「円筒10内の原料及び生地の微粒子が目的に反して軸の表面に付着する傾向を持つので・・・・」と記載されているとの認定は、誤つた認定である旨主張する。

しかしながら、前記2において認定した事実によれば、右の引用例の記載は、引用発明の装置においては、羽根20Aないし20Cによる遠心作用により、分散された原料は放射方向にはじき飛ばされてしまい、軸の表面に付着することは物理的には起こりえないと考えられるにもかかわらず、実際問題としては、原料粒子が軸の表面に付着する現象が起こるので、「目的に反して」右の現象が起こると記載されていると理解できるものであるから、本件審決が「・・・・微粒子が「目的に反して」軸の表面に付着する・・・・」と記載されていると認定したことに誤りがあるとはいえない。引用発明の装置において、円筒内の原料が、軸の表面に付着する可能性のあることは、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証(実験報告書)の実験結果からも裏付けられており、これに反する証拠はない。

なお、原告は、乙第六号証の実験につき、小麦粉が羽根の軸付近の部分にまで付着したのは、装置の排出端方向から円筒の中へ向かう回転軸に沿つた副次的な空気流のためである旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第四号証(実験報告書(その一))によれば、実験報告書(その一)の装置は、一葉の羽根の前後をアクリル板で挟んだものであることが認められる。これに対し、引用発明の装置は、前掲甲第三号証の第1図及び第2図の記載によれば、軸によつて支持された羽根は、その面が軸の軸方向に対して略一定の角度で斜めになるようにして軸に固着されていることが認められるから、右羽根が高速で回転した場合、回転軸方向への風が円筒内で生じることが容易に理解できるところであり、したがつて、実験報告書(その一)の装置では羽根の回転により生じる筈の軸方向の風の動きが全く無視されており、明らかに引用発明の装置と異なる構成であることが認められるので、実験報告書(その一)は、前記「円筒10内の原料及び生地の微粒子が目的に反して軸の表面に付着する傾向を持つ」と記載されていると認定することを妨げるものではなく、原告の前記主張は採用できない。

(四)  以上のとおり、本件審決には、引用例の記載事項について、原告主張のとおりの誤認はないから、引用例の記載事項の誤認を前提に、本願発明と引用発明との間に存する相違点を看過誤認したとし、本願発明は引用発明とは同一のものであるから特許法二九条一項三号の規定に該当し特許を受けることができないとした本件審決の判断を違法とする取消事由(1)は、採用できない。

4  取消事由(2)について

(一)  引用発明の技術的課題等について

原告は、引用例には、本願発明のような技術的課題(目的)の記載もなければ、構成及び効果の記載もなく、とくに、小麦粉と水とが「ごく微細に分散した状態において互いに接触する」ということの目的及び効果の記載がない旨主張する。

しかし、引用例に本願発明のような目的、構成及び効果の記載のあることは前記2に認定のとおりである。殊に、前記2における認定事実によれば、「ベーカリー製品及びパスタに用いられる小麦粉は通常主として澱粉とグルテンからなつており、使用に耐えるドウは全体にかなりの量の水が均一に行き渡つていなければならない。」との記載は、引用発明が本願発明が目的としている、小麦粉練り製品の製造において水分の均一な分散の必要性を指摘していると解されるものであり、また、効果について、「ベーカリー製品及びパスタ用のすばらしい品質のドウを連続的な方法により・・・・二〇秒もしくはそれ以下の短時間の滞留時間のうちに調整することができることを今や新たに見出した」との記載があり、したがつて、引用例にも、小麦粉と水とが、「ごく微細に分散した状態において互いに接触する」ということの目的及び効果の記載があるということができる。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(二)  小麦粉と水との空中接触について

また、原告は、仮に引用例に本件審決が認定した「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」との記載があるとしても、引用発明の装置では、小麦粉と水との空中接触は物理的に起こりえないから、当業技術者は本願発明の技術内容が開示されていると読みとることはできない旨主張するが、引用発明の装置では、小麦粉と水との空中接触は技術的に起こりえないとの原告の主張が根拠のないものであることは、前記3(二)に記載のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。

(三)  客観的事実の裏付けの主張について

更に、原告は、〈1〉本願発明の公開以前には、従来の撹拌混合機による撹拌混合加水が実施され続けていたこと、〈2〉本願発明が公開されるや、補助参加人ら製粉会社は、本願発明の価値を高く評価し、競つて本願発明を実施する装置を製造し販売しはじめたことを挙げ右〈1〉〈2〉の事実は、引用例の前記「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」との記載から本願発明を読みとることができなかつた裏付けである旨主張する。

しかし、右〈1〉〈2〉の事実は、それがあるからといつて、これをもつて直ちに、本願発明が引用発明とは同一ではないとする理由とはなりえないから、原告の右主張は採用できない。

(四)  以上によれば、引用発明の装置では小麦扮と水との空中接触は技術的に起こりえないから、小麦粉と水とが空中接触する旨の引用例の記載は技術を開示したことにはならないとし、したがつて、引用発明の装置において小麦粉と水とが空中接触する旨の本件審決の認定判断が誤りである旨の原告の主張は理由かないから、これを前提とする取消事由(2)は採用できない。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 木下順太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例